壮絶な生い立ち

小安のプロフィール

小安純也(こやすじゅんや)

柔道歴:16年
個人ビジネス歴:5年

アフィリエイター/起業家/教育者/元柔道家

スポーツ一筋で生きた男の末路

「やりたいことがない。。」

これは国士舘大学に進学後、
柔道のレベルの高さを思い知らされ
初めて柔道を辞めたあとの
人生を考えた時に出てきた感情です。

悲しいですが、周りを含め
多くのスポーツ一筋で生きてきた方が
同じ言葉を口にしています。

でも、僕も柔道を16年やったとは言え
確実にその辞めたあとの人生の方が
圧倒的に長いです。

先輩方を見ると、やりがい・生きがいを無くし
ただ淡々と日々を送る方をたくさん見ました。

日本や世界のトップクラスになった選手でさえ
辞めたあとの人生に苦しんでいます。

僕は柔道を辞めたあとも
柔道以上に熱くなれることを見つけたいと強く思い
その一歩を動き出しました。

僕が柔道を始めたのは泣き虫だったから

小学校1年生の頃、オリンピックの影響と
当時、泣き虫だった自分を変えたいと思ったのが
柔道を始めた一番のキッカケです。

それ以来、気付けば柔道にのめり込んでいき
高校時代は九州大会で3位に入賞を果たしました。

もちろん、大した結果ではないですが
ただの泣き虫小僧だった僕にしては
厳しい柔道の世界で九州3位になれたのは
人生レベルで見ても一つの収穫だったりします。

そこから、日本一・世界一と

もっと高みを目指したいという想いが芽生え
柔道界屈指の名門、国士舘大学へ進学しました。

国士舘大学で挫折、でも心から行って良かったと思う

冒頭でも書いた通り、国士舘大学に進学後は
あまりの柔道のレベルの高さに
大学2年生で挫折してしまいました。

そこで初めて卒業後、柔道を辞めた後の
第二の人生について考えてみたのですが・・

「やりたいことがない」

この言葉しか頭に思い浮かびませんでした。

残された時間は、2年半。

この2年半は国士舘で柔道をやりながらも、
将来を模索する時間となりました。

ここで、何のために国士舘大学に行ったのかと
よく皮肉交じりに言われますが・・

チームの主力として活躍のできない4年間でも
それはそれで、深い学びを頂いています。

日本一の常勝軍団の裏方には、
たくさんの選手になれない人間の努力がありました。

多くの努力の形を知りました。

強くなることだけが努力じゃない、
小学校から高校までずっと
主力としてやらせて貰った僕にとって
超貴重な時間です。

柔道について書き出すと止まりませんが・・
この16年の柔道人生で学んだことを活かし
今のビジネスに役立てています。

定期的にメルマガでも触れてるので
気になる方はぜひ下のフォームから登録ください。

なぜ畑違いの世界に飛び込んだのか

卒業してからのことを考えた時に、まず柔道のレールとして
教員か警察という選択肢がありました。

教員に関しては体育の免許も取得したので
その気になればどちらかにはなれたと思います。

でも、やりたいか?

と問われた時に

全くやりたいとは思えませんでした。

もちろん柔道を教えたいという気持ちは
今でもありますが、先生として学校の授業を
生徒に向かって教えたいなどは、全くありません。

小1からずーっと好きなことだけをやって
生きてきたにも関わらず、、

なぜ大学を卒業した瞬間から
興味のない仕事をしないといけないのか?
というのが疑問でした。

また、ストレートに言いますが
僕はお金が大好きなので
普通に就職してもお金持ちになれるのは
本当にごく一部だと知っていました。

さらにワガママを言うと、極端に
何かから縛られることが嫌いなので
時間を自由に使いながら、大金を
稼げるビジネスを自分でやるしかないと。。

そうなると、もう
インターネットを使ったビジネスしか
残されていませんでした。w

好きを仕事にしたかった。

ただ、重要なのは
この時点では別にインターネットビジネスが
やりたいことだった訳ではないということです。

時間を自由に使いながら
お金持ちになる、という目的を叶える為の

手段としてネットビジネスを選択しました。

これは柔道を始めた時のキッカケと似ていて
泣き虫を克服したいという目的から
柔道という手段を選んだ時の感覚に近いです。

何が言いたいかというと・・

好きになるかどうかは、後付です。

目的を達成したければ、そこに準備された手段を
たとえ好きじゃなかったとしても遂行する。

でもやっているうちに、
気付けば好きになってたパターンが多いです。

柔道も、そして今こうして書いている文章(情報発信)も
マーケティングやコピーライティングも
実際にネットビジネスを始めたからこそ好きになれました。

ちょっと話は逸れましたが・・

どうしても伝えておきったかったので。

目の前のことをやり続けたからこその今

この業界に入ってから3人の師匠に恵まれ
これまで5年間、色んなビジネスに挑戦しました。

昨年は、ひと月で400万円の売上が出たり
情報発信を始めてたった3ヶ月で303万円を
利益で稼ぎ出せたりと、、

まだまだ上には上が居ますが、25歳で
柔道以外のことを何もできなかった僕からすれば
それなりに出来るようにはなってきました。

特別なスキルや才能は微塵もなかったので
とにかく目の前のことを全力で熟したお陰です。

でも、もちろんこんな所で満足はしていません。

やりたいことが山程ある以上、
もっと稼いでいくしかありません。

昔は自由になるためでしたが、
今ではやりたいことをやるために

お金を稼ぐことと真剣に向き合っています。

目の前のことを、愚直に泥臭く…

そして見つけた居場所と生きがい

最初は、自由な時間と大金を手にしたくて
始めたネットビジネスですが、

今ではここに生きがいを感じ
そして3人の師匠の元で居場所も見つかりました。

自分が知らなかっただけで、世の中にはこんなにも
仕事に情熱を注ぐ面白い人達がたくさん居て
その方々と関われていることが最高の宝物です。

本当に良い方々に恵まれました。

さらに情報発信という生きがいも見つけ
最高に充実した日々を過ごせています。

シンデレラストーリーではない

僕の人生は決してシンデレラストーリーではありません。

ここには書いていませんが、
個人ビジネスを始めてからも苦難の連続でした。

収入がゼロになって四方八方から
未払金の催促電話が届いたり、

祖母に送って貰った白ご飯だけの
生活を送らざるえなくなったり、

人生初の救急車で運ばれたり、

100万円の収入源がなくなったり、

何回も全てを投げ出しそうにもなりました。

でも、そんな困難を乗り越えるたびに
人間は強くなれると信じているので
僕はこれからも突き進んでいきます。

全てが経験、人生楽しみたい!

挑戦する以上、失敗というものはつきものです。

逆に失敗のない人生なんて楽しくない!
と、ドヤ顔で言いたいところですが・・

もちろん僕も失敗はしたくありません。笑

でも、やはり冒頭でも書いた通り
挑戦すればするほど失敗の回数も増えます。

ただ僕は、平凡で何も起きない人生は嫌いです。

平凡な人生を送るくらいであれば
何かにチャレンジして失敗した方がマシだと思います。

お金を全て失ったからこそ分かりますが
どれだけお金がなくなろうが
日本に生きている限り死ぬことはありません。

(すぐにバイトを始めてお金とまかないご飯をGETしました)

そして、失ったからこそ見える景色や
芽生えてくる感情があります。

ご飯を食べられる有り難みを知ることになり、
あの時の白米の味は忘れられません。

ヒッチハイクをしたり貧乏バックパッカーとして
東南アジアを飛び回れたのも
お金がなかったからこそ生まれた発想です。

あの経験こそが今の僕の本当の強み、
”失敗を恐れずに行動できる精神”に繋がっています。

だからこそこれからも果敢にチャレンジして
誰よりも楽しい人生を歩んでいきたいです☆

現時点でのゴールはスポーツとビジネスを繋ぐこと

まずはこのネットビジネスを使って
真の実力を付けて稼げる人を量産することですが、

その先にはスポーツ界への恩返しがしたいです。

それは冒頭にも書いた、スポーツ一筋の人にありがちな

「やりたいことがない」という問題。

だからと言って、僕のように大学の途中で
選手になることを諦めて卒業後のことを
いちいち模索して欲しくありません。

卒業まではそのスポーツ一点集中で頑張って
もし卒業後にやりたいことがなければ、

俺んとこ来い!

って言えるような環境づくりをしていきたいです。

まだまだ僕の挑戦は続きます。

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それではここまで読んで頂き
本当にありがとうございました。

これからも宜しくおねがいします。

小安純也

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